蛇から蜥蜴へ。

脚本委員による話し合いの末、当クラスの劇は蛇から蜥蜴になることによりどうにか破綻を免れました。
まあ、十全とは行かなくとも五全から六全、赤点は免れたといったところでしょう。
男子を主人公に据えると多数決ならざる民主主義(いくら民主主義=多数決でないとはいえ、このような決定方法が民主主義なのか?)で決定した時点で『蓋然性による破綻』か『話のスケールダウン』のどちらかを選択せざるを得なかったのだからまあ予定調和でしょう。
これが結果にどう響くか。それは神のみぞ知る、といったところでしょうかね。
ここまで延々と戯言でしたが、以下はちょっとだけ創作絡みの話。

作品中での偶然について。
話の筋に関係ないところが偶然で構成されようとも、それは決定的な瑕疵にはなりません。
しかし、それが話の本筋であったならば問題でしょう。
たとえば推理小説で、探偵が犯人を『偶然』当ててしまったら?
そんな話を面白いと感じる方はまずいないでしょう。
また、偶然も理由付けを経れば偶然ではありません。
理由のない偶然は偶然ですが、理由のある偶然は必然ではないでしょうか。

延々と書き流しましたが、ご意見あればご自由に。
ただ、愚痴るぐらいならちゃんと言えとかいった説教は勘弁。
そんなこと自分が一番よく知ってますから。